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管弦祭

昨年に引き続き、管弦祭を見ようと宮島まで行ってきました。

管弦祭は、厳島神社を造営した平清盛が始めたとか。

古くから都では、池や川に船を浮かべて「管弦の遊び」が行われていました。

それをもとに、瀬戸内海を池に見立てて行われたのが宮島の管弦祭です。

そして、「管弦の遊び」ではなく神様を慰める「神事」として行われているそうです。

「日本三大船神事」ということですが、大阪天神祭(大阪)やホーランエンヤ(松江市)と比べると少々控えめかもしれません……。

宮島管弦祭01

フェリーが宮島に近づくと、厳島神社の大鳥居と祭りの船の姿が見えてきました。

宮島へ渡る船はJRと松大汽船とがありますが、JRの連絡船は大鳥居の近くを通るので、行きによく利用しています。

宮島管弦祭04

船を下りて御笠浜まで行くと、ちょうど引き潮で、大勢の方が大鳥居のあたりを歩いてらっしゃいました。

管弦祭は、旧暦6月17日に行われますが、これは潮の満ち引きを考慮したためだそうです。

大潮でないと、船が社殿に接岸できないというのがその理由だそうです。

ということで、管弦祭の日の午後は毎年引き潮なのでしょうね。

宮島管弦祭02

沖には御座船(管弦船)が浮かんでいて、何やら神事が行われているもようでした。

潮が引いたところを歩いて近づいていくと、立派なカメラを持った年輩の女性が、私のそばを通り過ぎて行かれました。

ズボンの下のあたりが濡れていて、近くに寄って御座船を撮影されたようです。

さすがに海の中に入るのは遠慮しましたけど、周りを大勢の人が取り囲んでいて、なかなかうまく撮影できませんでした。

船からは、ひちりきなど雅な演奏が聞こえてきます。

ときおり神主さんの姿は見えるのですが巫女さんはハッキリと確認できませんでした。

宮島管弦祭03

静かな時間が流れて、ようやく船が出航です。

このあと、御座船は管弦の演奏をしながら対岸の地御前神社に向かいます。

いったん引き上げようとフェリー乗り場に行くと、若い女性たちが、ちらしを配ってらっしゃいました。

    宮島管弦祭

管弦祭に合わせて、「広島エフエム放送」のイベントが夜に行われるようです。

「あの方たちは放送局のスタッフかな?」と思いつつ、いったん宮島を後にしました。



さて、日も暮れはじめた頃、もう一度フェリーに乗って宮島に向かいました。

宮島管弦祭05

夜8時、長浜神社の近くでラジオの中継です。

管弦祭の様子が放送されるのを興味津々で聞きました。

宮島管弦祭06

笠に黒い羽織と揃いの着物、何が始まるのか楽しみです。

後ろにあるテントでは提灯が用意されていました。

宮島管弦祭07

盆踊りのような踊りが始まりました。

バックに赤い鳥居が見えます。

この踊りは、先日行った津和野の「子鷺舞」を思い出すような静かな舞でした。

8時30分、いよいよ提灯が配られます。

ろうそくに火を付けて御座船の到着を待ちます。

御座船を提灯を降って出迎えます。

ここでも昼間厳島神社の前で奉納されたような神事が行われます。

宮島管弦祭08

神事が無事に終わって、御座船が3度鳥居の前を回って厳島神社に帰ります。

私たちも提灯を持って厳島神社まで行列で移動、提灯行列です。

終点の厳島神社までお供したかったのですが、フェリーの関係で桟橋でお別れしました。



帰りの船の中でこんな話を聞きました。

話を聞いたのは松大汽船の従業員さんからです。

「真っ赤な顔をした外国人が苦しいといって助けを求めてきたのよ。
 介護しながら出身地を聞くとクロアチアと話していたわね。
 熱中症みたいで、冷たいタオルで冷やしてあげたりしたんだけど、
 やっと元気になって仲間と合流するために出発してほっとしてテレビを見てたら、
 何とその人が平和公園の式典のインタビューで出ていてビックリ!
 平和公園から宮島に回って来て、さぞ疲れたことでしょうね。
 でも……顔が真っ赤になって赤鬼と言う言葉がぴったりの人だったわ!」

笑いながら話されたのですが、国際貢献に一役買われたことには違いないですね。




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